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不定期宇宙船 No.18

片桐 哲



『ラインの青春』

 秋葉原でダガーを振り回した兄ちゃんと同じ年齢のとき、ボクも目の前を自動車のボディが流れていくラインで働いていた。
 車は『ライフ』とか『Z』とか『シビック』だった。当時の工場は、ロボットがほんの一部に導入され始めた程度で、ライン作業はすべて人海戦術だった。
 ダガーの兄ちゃんは取り調べの中で、「一人だけの現場に回された」だの「冷房が壊れた場所で働かされた」などと言ったようだが、そんなことはボクたちも当たり前のように経験した。当時の方が、チャップリンの『モダン・タイムス』に近かったのではないだろうか。
 休憩時間以外はまったく一人で黙々と作業を続けたこともあるし、塗装工程で熱風乾燥されたボディを加工修正するために造られたブースの中は、夏になると40℃を超えた。
 真夏にそんな作業をしていると休憩時間になっても食欲なんかまったく出ない。しかし、食べなきゃ倒れるから、食欲があろうとなかろうと、時間がきたら決まった量を胃袋に入れてしまう。胃はからっぽなんだから、押し込めば入る。おかげで、いまでも食欲に関係なく飯は食える。熱を出して食欲がなくても、平気で食べられる(笑)。
 ボクがHONDAにいたのはわずか三年余のことだったけれど、最近たてつづけに当時のライン仲間と会うことになった。彼らもそろそろ定年の年齢に達して、退職する人が出始め、その送別の席に呼ばれたのだった。近いところでは十五年ぶりくらい、遠いところでは三十数年ぶりに会う人たちであるが、まったく違和感はなかった。共に青春のときを過ごした仲間として、美味い酒と楽しい時間を過ごすことができた。
 ダガーの兄ちゃんや、秋葉原で亡くなった人たちには、遠い未来にこういう美味い酒を呑む機会は永久に来ない。残念だ。


『閑話休題』

 ところで、美味い酒といえば、また星群祭の季節が巡ってきました。今年も暑い京都で星群の会の皆様とお会いできるのを楽しみにしております。(酒がメインかい、という突っ込みはなしで……)


(2008.7.1)

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