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チンタオ便り
12回目:知らずに飲んでいた三鞭酒

堀州美安


 久し振りに開高健を読んだ。
 『最後の晩餐』――春節(旧正月)の一時帰国時にブックオフで買い込んだ100円本のうちの一冊である。平成という文字と記憶が結びつかないから、二十数年ぶりの出会いということになろうか。
 本の中身についてくどくど述べるつもりはないが、一読にも二読にも値する、<食>論の経典だといってもいい濃厚な一冊であった。(中国では経典という文字をしばしば目にする。例えば先の入院中にも足を運んだスターバックス=星巴克ではスタンダード・タイプをそう記していた。家への土産に買って帰った料理本の表紙にも、この単語は踊っていた。日本と違って、けっこう軽く使われる言葉なのだが、俗を扱い地をも舐めながら、なお重厚洒脱でもある開高健には古典と呼ぶよりもふさわしい形容詞だ。)

 で、三鞭酒である。
 『最後の晩餐』の中に“至宝三鞭丸”という秘薬が登場する。「心臓と頭の働きを強め、筋無力症、神経衰弱、健忘症、性機能低下などにのんのんズイズイ」という、その種の秘薬である。
 三鞭という字に見覚えがあった。何も考えずに時々買っていた中国酒の頭二文字ではないか。なんとなく薬効酒っぽいとは思っていたけれど、深く考えることはしなかった。冬の寒い夜など、お湯で割ると体がポカポカ温まる、焼酎の代用であった。
 ビール(啤酒=ピージョー)は330mlで50円しないから助かるけれど、他に口に合う酒がない。日本の焼酎も近くの(といっても車で二十分ほど)日本料理屋で手には入るが、日本の倍ほどもする。大衆酒である白酒(バイジョー、高粱酒)は臭いうえに強すぎて飲めない。(泡盛や芋焼酎は飲みなれているが、その比じゃない。プラスチックのコップにまで匂いが染み着く)。その点、三鞭酒も白酒が主原料だが、紹興酒のような色合いと甘みを持った、まあまあ飲める酒だった。
 さて、ここらで“鞭”の解説をしようか。
 ひとこと“おちんちん”のことである。三鞭だから三種類の“おちんちん”が配合されているわけだ。オットセイ、イヌ、シカというのが“至宝三鞭丸”の成分であると開高健は紹介している。さいわい(?)三鞭酒の紙箱と空き瓶を捨てずにあったので、〔主要原料〕の項目をじっくり見てみた。
sanbensyu

 あるある! 海狗鞭、鹿鞭、広狗鞭、しっかり三つの鞭が並んでいる。(広狗というのは、広東のイヌという意味、簡体字の広は中のムが略されている。)
 ついでだから、他の成分も見てみよう。
 優質白酒、食用酒精、軟化水、(この後に三鞭が並ぶ)、人参、鹿茸、蛤蚧、首烏、肉桂、桑螵蛸、枸杞、生地、熟地、当帰、茯苓、山薬、食品添加剤(焦糖色、蔗糖素)・・・以上である。
 なんとも摩訶不思議な文字列が躍っている。漢方系だとは想像つくが、何を示すのか見当つかない。そこで調べてみた。

 鹿茸・・・日本ではロクジョウと読み、若鹿の角を干したもの
 蛤蚧・・・日本ではゴウカイと読み、オオヤモリのこと
 首烏・・・日本ではシュウと読み、ツルドクダミが原料
 桑螵蛸・・・日本ではソウヒョウショウと読む 桑の枝についたカマキリの卵
 生地、熟地・・・地黄の未加工のものと蒸し加工したもの
 当帰・・・日本ではトウキと読む セリ科の多年草
 茯苓・・・日本ではフクリョウと読む 一種の菌類
 山薬・・・ヤマイモ
 
 いやはや、知らぬこととはいえ、すごいものを飲んでいたものだ。〔酒精度〕32%とあるから、けっこう強い酒である。〔保健功能〕はというと、抗氧化とある。氧という字、もしかすると文字化けするかもしれないので、説明しておくと、気のメの代わりに羊を入れる。酸素の意味である。つまり抗酸化、老化防止である。
 さて、効果はあったのかどうか、
 前回にレポートしたように病院のやっかいになったうえ、帰国時はひたすら歯医者通いという結果からみて、とても「のんのんズイズイ」とは行かなかったようである。
 500mlでたかだか20元足らず、日本円にして260円くらい、功能を期待するほうが図々しいといえる。

ことのついでだから記しておくと、この三鞭酒を造っている張裕というメーカーはワインでこそ有名な酒造家である。中国とワインというのはちょっと結び付きにくいイメージかもしれないが、歴史は古く、かの孫文が絶賛したと伝えられる山東省きってのブランドだ。産地は煙台。フランス人が絶賛したというのではないので、ちょっと弱いが、けっこうイケル赤であった。でも決して安くはない(一番安いので日本円にして500円くらい)。同じクラスなら日本で売ってるスペイン産やポルトガル産のテーブル・ワインの方がおいしいという感想である。
ともあれ、バブル絶頂期のここ中国でも、ワインの需要はどんどん増えており、とりわけ役人に愛好家が多いと聞く。


2011年2月27日

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