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チンタオ便り
13回目:中国から地震を見る

堀州美安


 
 「Sさんからのメール見ましたか?」第一報だった。
 
 Sさんは日本人、お得意先の人、メールの受け手は中国人女性、今回の地震で大被害をこうむったK市で働いていた経験がある。仮にTさんとしておく。
 Sさんたちと会食の席を持ったのが一週間ほど前だったか。その席で、彼女が働いていたK市が話題になった。ちょっといい名前だから、これからT改めKと名乗ったら? と言ったのは僕だった。
 それから数日後、SさんへのメールでTさんはしっかりKを名乗っていた。3月9日、地震の起こるわずか二日前のことだった。なんともやりきれないシンクロだ。K市には彼女の友人がいるはずで、いまだ連絡が取れないという。
 「Sさんからのメール見ましたか?」
 僕は急いでネットに繋ぎ、K市を検索した。津波のニュースに接した手始めだった。
 その時点ではどれほどの規模なのか分かっていなかったが、検索を続けるうちにとんでもない大地震だと身を引き締めた。
 不思議なことに日本のサイトより中国のサイトの方が映像情報が豊富だった。それらの映像に見入っていたのは当日の夕刻、信じられない自然の猛威が映し出されていた。
 でも、まさか東京にまでこれほどの被害が及んでいるとは、最初は半信半疑だった。
 たまたま僕の娘が東京に出張中だと知ったのは家からの電話で。なんでも20階のオフィスにいて死ぬかと思ったとか。当然その夜は東京で足止め、エレベーターは動かないから20階の階段を上り下りしてコンビニで買出しだったとか。翌日は動き始めた新幹線に乗れたからやれやれではあったのだけれど。
 
 原発の被害は深刻だ。技術大国日本の安全神話に開いた大きな風穴だ。
 「中国の野菜のほうが安心ですよ」中国人スタッフが言った。もちろん軽い冗談なのだが、言い返されたという感じ。
 ここ数日来耳にする情報では、食塩が品切れだという。つまり、塩は海水から作る→その海が放射能で汚染されている→買占め・・・という消費行動である。ふと昔日のトイレット・ペーパー騒ぎを思い出した。
 あれ以来、東京ではブロックごとに輪番制停電というのが続いているようだが、これも中国での体験に連想は及ぶ。こちらでは、停めるのではなく使用禁止勧告をする。限電という。北京が寒波&石炭不足→電気暖房増加→遠く離れた青島からも電気は優先的に北京へ。上海万博のときも同様だった。事情は違え、同じようなことが日本でも行われている。笑ってられない。
 この先だって、電力事情の回復なんてありえないんじゃないだろうか? 新たに原発なんて作れっこないんだし、それこそ技術大国の威信にかけて新機軸のクリーン発電を開発できればいいのだけれど。
 今回の教訓を活かすとすれば、首都機能の分散化ではないだろうか? 以前からテーマには上がっていた国家リスクの分散、今こそ着手するきっかけだ。塞翁が馬の故事にならうなら、これ以上の出来事はない。かっこうのシミュレーションではないか。

 合掌
 
 ・・・と、ここまで先週の日曜日に書いた。でも投稿するには躊躇があった。
 あまりの想像を絶する出来事、しばし時間をおいて読み返したほうがいいのではないかと思った。
 で、一週間経った。こちらでの情報源はYAHOOのヘッドライン・ニュースくらい、でも毎日のように福島原発の文字が躍ってる。ドイツでは反原発のデモが大規模で行われたとか。やはり島国日本だけにとどまる事件ではないのだ。
 
 家に電話して聞いたところでは、塩の買占め騒ぎは日本でも伝えられているとか。デマを飛ばした“犯人”は逮捕されたとか。
 
 K市で働いていたTさんだけではなく、こちらの中国人スタッフの行動にも影響が出ている。
 Uさん。日本語の達者な女性。数ヶ月前、初めて出張の名目で大阪と京都の地を踏んだ。この春には家族ぐるみで日本旅行を計画していた。大阪、京都、奈良、東京、初期の計画では福岡も入っていたとか。福岡まではいくらなんでも無理だからと日本側から説得されたみたいだけど、確かに中国の地図を見れば、右肩脇にある弓形の島国など一日で回れそうに錯覚しても不思議はない。北海道だけは次の機会に行きたいと(地震直前に)同乗した車のなかで語っていたものだ。
 結局、日本行きはキャンセルしたことは言うまでもない。
 もうひとり、Sさん。独身女性。
 遠距離恋愛中、ただし、彼氏は東京で学ぶ学生。
 一年以上前から日本へのビザ渡航を希望していた。彼氏が学生という身分ゆえ(収入の不安定を理由に)いっかなビザは下りず、月日は過ぎていった。そして先月、ようやく念願の申請が通った。
 しかし、この震災だ。Sさんの両親が外務省に代わって彼女の前に立ちはだかった。親としては当然なのだけれど、“あんな危険な国に娘はやれない”なのらしい。
 
 ふたたび合掌
 
2011年 3月27日

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