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チンタオ便り
7回目:中国読書事情

堀州美安


 たいそうなタイトルである。
 中国に来てほぼ十ヶ月になる。昨年の今頃は、長年勤めた会社に見切りを付けて退職、ハローワーク(最悪のネーミング!)に行ったり、一緒に辞めた連中と旧総評系(これも死語なんだろうな?)の組合に相談に行ったりと、それなりに忙しくしていた。
 いま勤めている青島の日系企業から声をかけてもらったのがいつなのか、正確な記録を付けていないので不明なのだが、ちょうどその前年11月から読書日記を再開していたので、おおよその見当はつく。
 二月半ばに「青島と山東半島」という日経BP企画・旅名人ブックスの一冊を図書館から借りて読了している。二月末には「近くて遠い中国語」という新書を読んでいる(お金を出して!)。そして3月10日には同じく日経BP企画・旅名人ブックスから「泰山・曲阜と山東省内陸部」を(お金を出さずに)読んでいる。
 そしてそして、3月15日の項には「納棺夫日記」とあり、「青島で最初に読み終えた本(13フライト〜)」という注釈を付けている。ちょうど「おくりびと」がモントリオールで賞を取って話題になっていた時期、映画は無理なのでせめて原作でもと荷物に詰め込んだ一冊だった。
 つまりこの時から初めての海外労働が始まったわけである。
 ひと月後のビザ取得、十月の国慶節(中国の建国記念日)、そしてまもなくの春節(旧正月)、3度目の帰国となる。
 で、「納棺夫日記」から数えて、2010年1月31日現在まで、何冊の本を読んだか?
 51冊である。分冊のも数作あるから、月平均5冊見当。まあ平均的日本人からすれば明らかに活字中毒の範疇なのだろうな。逆に言えば、本さえあれば、どんな異国でも退屈せずに過ごせるという得な性分でもある。
 赴任当初は、とにかく中国語ということで、ピンイン(中国語のふりがな)付の児童用図書を買ってきて読んだりしていた。日本語でいうと、「千夜一夜物語」「十万の何故」そして「海底二万里」(原作者:儒勒・凡尓納!)・・・とここまでは頑張って読了したのだが、「聊斎志異」の途中で頓挫している。
中国の本

 特に国慶節休みから戻ってからの4ヶ月、まったく中国語を勉強していない。10日ほどの帰国中は京都駅前にある中国語専門の会話教室に4日ばかり通って、やる気まんまんだったのに、この落差はどうしたことだ? いわく、中国語は日本でしか勉強できない! こっちでは日本人だけの会議や、通訳につい頼ってしまう仕事の流れで中国語に集中できない。寮の個室に戻ったら戻ったで、ビールあおって余力なし、日本語の本で癒すしかないのである。要するに、安易な方向にヒトは流れる。
 しかし、こっちへ来て、まがりなりにも中国語をかじった経験から、日本語再発見というのはあった。日本語は美しい!ほんとうにそう思う。英語は実によくできた言語、それも実感した。(中国で英語が通じることはまずないのだが、例えばスタバで英語が通じたときはほんとホッとした。)
 中国語が漢字だけで成り立っているのは誰でも知っている。でも読みも基本的に一通りしかないことは、たぶんおおかたの日本人は知らないだろう。日本の漢字の読みは音読みだけに限っても、例えば「明」という字は「めい」「みん」「みょう」と3通りある。訓読みまで入れると「あか」「あき」と計5通りもあるわけだ。このややこしさが日本語学習のハードルの高さに繋がっていることは確かだが、逆に言うと、つまりネイティブ日本人からすると、このややこしさこそが日本語の微妙なニュアンス表現に役立っているといえるのだ。
 中国語のもうひとつの特徴。それは、まったく語尾変化のない言語だということ。読みは一通り、ややこしい語尾変化いっさいなしとくれば、なんて覚えやすい言語だと思うかもしれない。実際そのとおりだ。まして日本人は漢字に親しんでいる。確かにひらがななしの文章は疲れるが、大略の意味はつかめる。しかし会話は別、当たり前だけど。
 ずいぶん遠回りしたが、中国読書事情である。
 日本語の本なんてどこにも売ってない。日本文学の翻訳本はたくさんあって、この前は「安吾捕物帳」なんて懐かしい一冊を見つけた。でも、翻訳であるからして中国語である。「ドグラマグラ」を見つけたときはつい衝動買いしてしまったけれど、まだ読む余裕はない。
 帰国時にブックオフなどで100円中心に物色して、海を渡るとき詰め込んでいくのだが、なんせ本は重い。文庫新書だけでそろえても十数冊が限度(本だけ持ってくわけじゃないし)。数えてみると、中国に運び込んだ本は計36冊であった。さいわいなことに、日本人寮の書庫(単なる棚だが)に三十冊ばかりの本が並んでいるので、つなぎに読ませてもらっている。日本にいたらまず読むことはないだろうと思える作品もたくさん読んだ。白州次郎、柴田錬三郎、瀬戸内寂聴の「あおぞら説法」、直近では「いつまでもデブと思うなよ」(岡田斗司夫・新潮新書)というのが意外にも意外にもすごく面白かった。
 この本、まだ読んでないヒトは、だまされたと思ってぜひ読んでもらいたい。太ってるヒトも痩せてるヒトも関係なく楽しめる。とりわけ、物語創作集団である星群の同人諸氏には、なぜ私が薦めるのか分かってもらえると思う。ひとことでいうと、プロットのよく練られた月世界旅行記なのである。
 他にも書きたいことたくさんあるけれど、長くなった。今日はこのへんで。
 
 帰国まであと一週間、今年の旧正月は2月14日、奇しくもバレンタインデー。中国では情人節という。
 よいお年を!

2010年2月1日

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