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SFマガジン思い出帳 第22回

雫石 鉄也







1971年4月号 No.145

掲載作
青い壜  
レイ・ブラッドベリ
未開人の巣  
ウィリアム・F・ノーラン
エレジー  
チャールズ・ボーモント
知られざる国  
ウィリアム・F・テンプル
礼拝の夜  
クリス・ネヴィル
ある晴れた日のウィーンは森の中にたたずむ  
荒巻義雄
組曲・北珊瑚礁  
半村良
脱走と追跡のサンバ(第7回)  
筒井康隆

 この号の目玉は、荒巻義雄と半村良。この時期、最ものっていた日本人SF作家は、この二人であったことは間違いないだろう。
 この二人は、荒巻はファンダム出身で理論家。二つの大学を卒業し、ヨーロッパの文芸、絵画、音楽といった芸術を作品のモチーフとすることが多く、非常にディレッタントな雰囲気が色濃い作家である。出世作「柔らかい時計」はダリを、この号の掲載作「ある晴れた日のウィーンは森の中にたたずむ」はサドをモチーフとしている。また、荒巻は札幌時計台ギャラリーのオーナーである。
 一方、半村は高校卒業後、様々な職業を遍歴して実社会を知りつくしている。水商売と宣伝広告業界の経験も豊富で、市井の機微もわきまえ、下積み生活も長い。
  このようにまったく対照的な二人が、並んで意欲作を発表している。この2作は二人の初期を代表する作品だが、上記の二人の経歴作風を色濃く反映していて面白い。
「ある晴れた日のウィーンは森の中にたたずむ」は、ギャンブルで日銭を稼ぎながらヨーロッパを放浪する主人公が、ウィーンでマリー・アントワネットに似た美女に恋する。ところが彼女は闇の組織に囲われた娼婦だった。彼女を身請けするために、主人公は一世一代の大博打を行う。
「組曲・北珊瑚礁」は、上司を殴ったサラリーマンが主人公。彼は自分と同じ、はみ出しサラリーマンの仲間とともに、アヘンの新しい密輸ルート開拓のため、戦乱のインドシナへ旅立つ。
 両作とも、SFといいつつも冒険小説の色合いが強い。荒巻作品がヨーロッパを、半村作品がアジアを舞台としているのは、二人の作家の色が出ていて、面白い対比となっている。この2作を、同じ号の巻末に並べて掲載する編集センスは賞賛に値する。福島初代編集長の後を継いで、SFの底辺拡大に大いに手腕を発揮した森優編集長の仕事は見事だ。
 また、この荒巻、半村の両氏は、「空白シリーズ」「伝説シリーズ」と、人気伝奇小説シリーズをいずれも新書に書き、当時の代表的な人気新書作家となった。1975年の第14回日本SF大会シンコンのテーマは「SFの浸透と拡散」。この時期の、両氏の新書での活躍が「浸透と拡散」の要因のひとつだと小生は思うのだが。


(2009.2)
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