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SFマガジン思い出帳 第4回

雫石 鉄也







1968年9月臨時増刊号 No.112
 表紙は映画「2001年宇宙の旅」に登場する宇宙船ディスカバリー号のスチール写真。この年の5月にこの映画は公開された。以来39年、この映画を超えるSF映画はないと断定しても反対する人は少ないと思う。
 当時小生はまだ10代の少年だった。SFを最も面白く読んでいた時期がこのころ。こういう映画ができるらしいということは、「トータルスコープ」などで知っていた。そしていよいよ封切り。シネラマの大画面でクラークのSFが観られる。
 当時、日本でシネラマが上映できる映画館は東京の「テアトル東京」と大阪の「OS劇場」の2館しかなかった。競馬場のアルバイトで得たお金でOS劇場の一番良い席を前売りで買った。
 映画が始まって、猿人が骨を投げ上げてそれが宇宙船に変わるシーンあたりから涙が出て止まらなかった。それまで活字でしか垣間見ることができなかった世界が、目の前に映像で現実に観られる。SFファンになって良かったと思った瞬間であった。(実に幸せなことに、こういう瞬間はその後何度もあった)
映画が終わっても腰が抜けて席を立てなかった。この号ではクラークの原作の第2部が掲載されている。
 野田宏一郎の「レモン月夜の宇宙船」が掲載。小説というかエッセイというか野田さん独特の軽妙な語り口が楽しい一編。ノダコウ節が満喫できる。
 [特集]大宇宙を馳せる!として「宇宙のオデッセイ2001」を含めて9編の宇宙SFが載っていた。小生はクリフォード・D・シマック「ジャックポット」を人気カウンターの1番に、アーサー・C・クラーク「宇宙のオデッセイ2001」を2番に上げている。
  シマックの作品はいかにも50年代アメリカSFのアイデアストーリーで、宇宙探検SFの原点を見るような作品。このコラムを書くために読み直してみたがなんとも懐かしくほほえましい。
  

(2007.8)

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