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とつぜんコラム No.22

雫石 鉄也



 少し前の新聞にこんな記事が載っていた。兵庫県の農村環境課が県内の農村部でヒル退治をする。ヒル、あのクニュクニュした血を吸うヤツである。都市部からハイキングやキャンプに来た人たちが血を吸われる被害が出て都市と農村の交流の妨げになる、キャンプの子供が血を吸われて驚くから町のイメージダウンになる、というのがヒル退治の理由だそうだ。何をバカなことに小生たち県民の血税をつかうのか。ヒルに血を吸われるのがいやなヤツは農村にこなきゃいい。
 ヒルに血を吸われたって死にはしない。痛くもない。跡が少々残るだけ。小生が子供のころは学校や家のまわりの小川や水溜まりにはヤゴ、タイコウチ、ミズカマキリなどの水棲昆虫がいっぱいいた。それらの虫たちと遊んでいるとよくヒルに吸い付かれたものだ。確かに気持ちの良いものではないが、ワッ、ヒルや、といってペッと皮膚にへばりついているヤツをむしりとって気にせず遊び続けたものだ。それに小生の祖母などは、肩がこれば悪い血を吸い取ってもらうといって、肩にヒルをくっつけていた。嫌われものではあるがそう実害がある生き物とは思えない。
 都市と農村は違う。これあたりまえ。農村には都市にない快適な所もあるし、その逆に農村独特の不快な所もある。都市から農村に行く人は、マムシやスズメバチなどの重大な危険をおよぽすものは別として、それ以外の少々不快なものは農村の一部として受け入れるべきではないだろうか。農村に行けばヤブ蚊に刺されることもあるだろう、ヒルに血を吸われることもあるだろう。今はもう無いが昔は田舎の香水といって肥えたんごが臭ったもんだ。夜は蛙の泣き声がうるさく感じる人もいるだろう。それが農村というもんだ。
 澄んだ青い空。満天の星空。木々を吹き抜けるさわやかな風。生命が満ちあふれた豊かな自然。純朴な人々。ああ、やっぱり農村はいいなあ。と、感激する反面。近くにコンピニがなくポールペン1本手に入れるのにも苦労する。腹が減ってもマクドも吉野家もない。ヤブ蚊に刺されてあちこち痒い痒い。1時間に1本来ればいい方のバス。やっぱり農村はイヤだ早く都会へ帰りたい。と、思う人もいるだろう。
 農村の人たちは農村のどちらの面を見てもらいたくて、都会の人に農村に来てもらいたいのだろうか。もちろん、農村の快適さを充分に味わって、ああやっぱり田舎はいいなあと思ってもらいたいのだろう。しかし、それで本当に農村を理解したといえるのだろうか。農村にあって都市に無いものは「自然」である。農村の人はこの自然を理解してもらいたいのだろう。都市の人も自然を満喫したいがために農村へ行くのだろう。自然は優しく美しい面があるが、危険で汚い面もある。それが自然というもので、好き、嫌い、は人問の勝手な物差しで計っているだけだ。大自然は人間が存在するはるか以前から存在して本来は美しくも汚くもないものだ。その大自然の好ましくない面を見ないようにして/見せないようにして、良いところだけ取って自然を理解したい/させたい。まったく何を考えているのか理解に苦しむ。どうしてもそうしたいなら、都市のエアコンの効いた快適なマンションの一室ででもバーチャル自然を満喫すれぱよい。本物の自然にはヒルがいるからな。


(2003.4)

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