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とつぜんコラム No.33

雫石 鉄也




 高知競馬のハルウララという馬が人気を呼んでいる。弱い馬でぜんぜん勝てないそうだ。なんでも100連敗以上しているらしい。不思議な話だ。負けても負けてもめげずにひたむきに走る姿がけなげで良いとのこと。
 弱くて負け続けて人気者。バブル期以前では考えられないことだ。
人気の競走馬というとまず思い浮かぶのは、ハイセイコー。もっとむかしではシンザン。いずれも強い競走馬である。勝って勝って勝ちまくって人気を呼んだ。馬だけではない。昔人気といえば「巨人大鵬たまご焼き」といわれた。たまご焼きはともかくとして、人気を得るための絶対条件は“強い”ということ。“強い”という条件をクリアして、それになんらかの付加価値がついて初めて人気を得ることができる。弱ければ他の条件がいくら整っていても絶対に人気は得られなかった、昔は。今は弱い馬が人気。馬だけではない。今は「巨人大鵬たまご焼き」を例にすれば「阪神高見盛牛丼」ということになるのかな。
 阪神。昨年優勝した。だから弱くはない。しかし昨年の優勝が2年ぶりか3年ぶりの優勝で、85年の優勝以来何度か優勝している球団ならこんなに全国的な人気を得られたであろうか。(関西は別)18年ぶりの優勝だからこその人気であろう。強い球団が18年も優勝しないはずがない。やっぱり阪神は弱いのである。弱いのにがんばったから人気がでたのだ。阪神は弱いという基本的な認識があり、
それでなおかつ優勝したから人気が出たのだ。
 高見盛。幕内力士だから弱くはない。しかし優勝したことがないし、大関横綱でもない。今までは人気力士は最低大関でなくてはいけなかった、今までは。関脇以下でこんなに人気を呼んだ力士はいなかっただろう。けなげにがんばっているからだろう。
 牛丼。外で食う安い昼食として小生もよく食べた。何度か自宅でまねて作ってみたがあの味はなかなかできない。あの味はやはり吉野家へ行って食うしかない。アメリカのBSE問題でアメリカの牛肉が輸入できなくなり牛丼は街から消えた。食い物の何を指して弱いか強いか判定するのかわからないが、商品として本当に強ければ国産牛肉を使って少々高い牛丼でも客は来る。別に牛丼という料理が消滅したわけではない。なくなったのは大手チェーン店の牛丼だけ。定食屋のメニューにはちゃんと牛丼はある。吉野家の牛丼はうまいのに安く、しかも消える運命にあるから人気が出た。
 こうして見るとだんだん分かってきた。現代の人気者は「弱いのにがんばっている」がキーワード。昔は「強いから勝つ」がキーワード。右肩上がりで日本が伸びていた時代は、勝てば上に行く、上に行けば安心、勝てば富も名誉も地位も手に入れられた。ところが現代はまず勝てない。勝てても上に行けない。上に行っても安心できない。「上昇志向を肯定」という共通認識に立っての話だった。現代はこの共通認識がなくなった。将来になんの展望もない。21世紀の初頭ではあるが、まさに「世も末」勝てない。勝っても安心できない。で、勝てなくてもがんばっている人(馬)たちを応援するのだろう。

 

(2004.3)

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