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とつぜんコラム No.34

雫石 鉄也





 いま1番人気のある漫画は少年ジャンプ連載の「ワンピース」だろう。テレビアニメにもなっているのでご存知の方も多いと思う。
 主人公のモンキー・D・ルフィら海賊の一行が伝説の秘宝ワンピースを求めて冒険の旅を続ける話。海賊といってもマラッカ海峡に出没する現代の剣呑な海賊や、熊野水軍や倭寇といった和風の海賊ではなく、昔、カリブ海あたりを縄張りとした西洋の海賊である。頭に縞模様のバンダナを巻きラム酒を飲むディズニーのピーターパンに出てくるような海賊である。で、この連中が様々な敵と戦うわけだが、この世界の強者はいずれも「悪魔の実の能力者」というやつ。こいつらは「悪魔の実」とやらを食べて超人的な能力を身につけた。
 例えば主人公のルフィは「ゴムゴムの実」を食べて、身体が自由に伸び縮みする驚異のゴム人間になった。その他、雷人間、煙人間、砂人間、など色々出てきて読者のご機嫌をうかがう。
「シャーマンキング」は霊が憑依して霊で敵と戦う。そして「ポケットモンスター」は主人公自らではなくポケモンに戦わせる。いずれも主人公が生来身につけていた能力でない能力で戦うわけ。飼っているポケモンや霊が戦う。またワンピースはどこやらから流れてきた「悪魔の実」を食べて超人的な能力を身につけて戦う。いずれも後天的な能力である。これが今の漫画の傾向だ。
 昔の漫画。特に梶原一騎スポ根漫画に代表される漫画。これらの漫画も主人公がスポーツなり武道なりで敵と戦い競うわけだが、ここで今の漫画と昔の漫画の違いが出てくる。昔の梶原スポ根漫画は主人公自らが自分自身の能力で戦う。別に何か/誰か、を使って戦うわけではない。また、その能力は「悪魔の実」をたべて身につけたものではない。星飛雄馬や矢吹丈、一条直也は星一徹や丹下段平にしごかれながら、血の汗流し涙を拭くな、しながら臥薪嘗胆克己奮励して魔球なり必殺技を身につけたのだ。彼らは別に悪魔の実を食べたわけでもポケモンや持ち霊を持っているわけではない。大リーグボール養成ギプスで鍛え花形満と戦い力石徹と競い合って強くなっていった。今の漫画と昔の漫画のこの違いは何なんだろう。
 現代は平等が標榜されている社会である。(たてまえでは)チャンスは誰でもある。能力さえあれば金も地位も名誉も権力もお望みしだい。定期昇給は廃止これからは能力給。がんばれがんばれ、がんばった人は報われる。(はず)ということになっている。昔は違う。金持ちになるには金持ちの家に生まれなければならなかった。星飛雄馬は元野球選手の星一徹の息子。矢吹丈はボクシングの能力を丹下段平に見出されて鍛えられた。つまり彼らは元々能力をDNAの中に持っていたのだ。もともと悪魔の実を血の中に持っていたのだ。それを親父や会長に引き出されただけ。いくら頑迷な星一徹でも飛雄馬が全くの運動オンチなら野球をやらせないだろう。彼らは生まれながらに卓越した能力を持っていたのである。なんとも不公平なことである。このようなモノを持っていない人間はいくらがんばってもダメ。ところが現代は悪魔の実を食べさえすれば誰でも強くなれる。こちらの方がずっと平等だろう。漫画の世界では。しかし現実のこの21世紀の日本の社会は平等な社会だろうか。本当に悪魔の実を食べれば誰でも強くなれるのだろうか。
 

(2004.4)

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