戻る

とつぜんコラム No.58

雫石 鉄也



 阪神タイガースの金本知憲選手が904試合連続フルイニング出場の世界記録を達成した。足掛け8年間、プレイボールからゲームセットまで代打も代走も送られることなく、ずっと試合に出続けてきたことになる。病気であろうが怪我をしようが消化試合であろうがひたすら野球をしてきたわけ。しかも3番か4番打者としてチームの主力選手として、お釣がくるほどの成績を残している。2000年代に入ってのタイガースの2度の優勝は金本抜きには考えられない。彼の偉業に関してはいろんな媒体でいろんな人が賞賛をしているので、ここで小生がさらなるほめ言葉を連ねる必要はないだろう。ただ小生にも1阪神ファンとして、お祝いと感謝の気持ちを表明させていただきたい。
 金本は記録達成後にいろんな言葉を発している。いずれも彼らしい言葉で好ましいが、その中でオヤと思ったコメントがある。それは「サラリーマンの方は有給休暇を取ってくださいね」というもの。世界1の皆勤賞男がいうのだから説得力がある。きっと、どこかのアホな企業のアホな経営者が「金本を見習って休まず働け」という雰囲気を社内に作りたがるに違いない。さすが金本。そんなことまで心配りができていたのだろうか。荒川静香がトリノ五輪で金メダルを取った直後、日本各地のスケートリンクで荒川の得意技イナバウアーを真似する軽薄者がいたそうだ。あの技は荒川のような強靭な筋肉を持つオリンピック選手だからこそできる技で、素人が真似したって身体を壊すとのこと。金本の今回の偉業も同じ。あんなことは金本のようなプロのスポーツ選手が持つ頑健な肉体、強い精神力、たゆまぬ修練があってこそできることである。普通の人が真似したらどこか具合が悪くなるのが関の山。
 小生は以前勤めていた会社で労働組合の執行委員をやったことがある。ある年の春闘で有給休暇の増を要求項目にあげた。その団体交渉の場で会社側の委員の一人が「そんなん増やしたってズル休みが増えるだけやないか」といった。で、「ズル休みとはどういう休みか?ズルでない休みとどう違うのか」と問いただした。返答は「病気でも用事でもないのに理由なく休むこと」で、小生は「有給休暇の範囲内であれば休むのに理由はいらないのでは」と聞いたら相手は黙っていた。結局組合側の要求は通って有給休暇は増えた。
 どうもこの会社の経営者は休まず働き続けるのが美徳とういう古い価値観を未だ持っていたらしい。なんの理由もなくただ静養のため休むのは決して悪いことではないはず。人間必ずどっかで息を抜くことが大切。金本だってシーズンオフには息を抜いているに違いない。日本の企業では未だに休暇を取るのに気を使わなくてはならない風潮が残っている。正規の有給休暇は日曜日と同じで誰に遠慮することなく休めばいい。
 金本の偉業は手放しで称えたい。しかし普通の人は決して真似をしてはダメ。
 良い子はマネをしないように。

(2006.4)

inserted by FC2 system