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とつぜんコラム No.62

雫石 鉄也


 
 小生は方向音痴である。知らない土地に行くとどっちが北やら南やらさっぱり分からない。冬は太陽がある方が南とだいたい検討がつくが、太陽が高い季節だとわかりにくくて困る。これは小生の生まれつきもあるだろうが、神戸の住人ということも大きく影響していると思う。
 日本の都市で神戸ほど方角が分かりやすい都市はないだろう。山がある方が北。海がある方が南。北区、垂水区、西区などを除けば、神戸の市街地からは必ず六甲山が見える。どっちが北か非常に分かりやすい。その六甲山の山麓から海まで歩こうと思えば歩ける距離だ。この南北に狭い土地に阪急、JR、阪神の3本の鉄道が東西に走っている。神戸の市街地のどこかへ行く場合、南北に移動すれば必ず鉄道の線路にあたる。あとは線路に沿って行けばほぼ目的地にはたどり着ける。こういう地理が分かりやすい土地に長年住んでいるから方向感覚が発達せず方向音痴になってしまったのではないだろうか。
 小生は3歳の時から神戸に住んでいる。半世紀以上このまちにすんでつくづく思う。神戸はええとこやね。車で北へ30分も走れば緑豊かな六甲山を抜けて有馬の温泉へ行ける。阪神高速を西へ走れば、阪神間唯一の自然の海水浴場の須磨。小生の自宅周辺は時々イノシシがうろつく。スズメ、カラス、ハト、ツバメ以外の野鳥がよく飛んで来る。春になればウグイスが美声を聞かせてくれる。夏の朝夕はカナカナとヒグラシが鳴く。こういう自然環境を有しながら全国6位の150万人口の政令指定都市である。
 神戸というとおおかたのイメージはおしゃれ、開放的、ファッショナブルといったところ。神戸市民としていわせてもらえれば、この神戸に対する評価は正しい。確かに神戸は先進的で開放的なまちだ。と、同時に神戸は古くから「大和田の泊」として栄え、一時は日本の首都だったこともある。神戸人気質を一言でいうと「去る者は追わず来る者は拒まず」じつにさっぱりしたもの。神戸には、いわゆる下町人情的な気風は他の都市に比べて少ない。ここらへんが現代的でアカ抜けた印象を与えるのだろう。要するにベタベタした人が少ないということ。
 このカラッとした神戸人気質は神戸の気候とも関係しているのでは。瀬戸内海沿岸で温暖で雨が少なく、六甲山から吹き降ろす風が市街地上空の空気を海に吹き飛ばしてくれる。このことは関西3都市の夏の暑さを比較すればよく分かる。盆地の京都は底意地の悪い暑さ。東の生駒山がついたてとなって空気がよどみやすい大阪は粘着質の暑さ。神戸の暑さはカラッとした暑さだ。人それぞれだろうが小生は神戸の夏が好きだ。
 この愛すべき神戸が大災厄に見舞われたことがある。いうまでもなく阪神大震災のこと。あの日非常に感激したことがあった。近所に小生が子供ころからなじんだ稲荷神社の赤鳥居がある。地震発生直後、国道2号線沿いは瓦礫の荒野と化していた。その荒野にぽつんと赤鳥居が無傷で立っていた。状況をまだ理解できていなかった小生はその赤鳥居を見て救われた気持ちになった。神戸はまだ死んでいない。あれから11年。神戸は完全に復活したと小生は思う。
 

(2006.8)

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